[プロジェクトストーリー〜
挑戦を続ける先輩たち]
20年後検討委員会

Special Content

プロジェクト
ストーリー
〜挑戦を続ける先輩たち


01.
次の20年、
そして未来の
AIRDOへ
〜「20年後
検討委員会」が
切り拓いたもの〜

2018年に
就航20周年を迎えたAIRDO。
次の20年を見据え、30代の
中堅社員たちが集まって
自分たちの理想とする
会社像を模索する
試みが行われました。
その名も「20年後検討委員会」。
関わった3名に話を聞きました。

Member

  • 井﨑 大明 Hiroaki Izaki
    神奈川県出身 2015年入社
    総務部
    羽田業務グループ
  • 京谷 隆範 Takanori Kyotani
    神奈川県出身 2008年入社
    整備企画推進部
    整備企画推進グループ
  • 田中 周平 Shuhei Tanaka
    北海道出身 2009年入社
    運航企画推進部
    運航企画推進グループ

「AIRDOはどこへ行くのか」----。
次の20年に向け、したいことを考えた。

----「20年後検討委員会」とはどんなプロジェクトですか?

京谷AIRDOは2019年5月に5カ年の中期経営戦略を発表しました。中期経営戦略を策定するにあたり、この5年を単なる「目の前の5年」としてではなく、20年先を見据えた「最初の5年」として捉えようと。じゃあその「20年後」のことをまず考えよう、ということになったんです。

田中2018年に就航20周年を迎え、次の20年後に自分たちがこうありたい、またあるべきだと思う姿を描き、そのためにどんな準備が必要なのか。思い描いた理想の姿に向かって、会社を発展的に向上させていこうというコンセプトで始まったのが、「20年後検討委員会」です。

井﨑この委員会には、客室、整備、旅客など、さまざまな部署で活躍する多種多様な社員が25名集まりました。私たち3人も含め、全員が30代という中堅の年齢層で構成されています。

京谷メンバーを見ると小さな航空会社が作れるくらいあらゆる部署から社員が集まりました。会社の未来を語り合うことは、プライベートの時間ではよくありますが、社内のプロジェクトで議論する場を設けたのは今回が初めての試みでした。

----具体的にはどんなことをしましたか?

京谷まず、参加メンバーそれぞれが思うAIRDOの「20年後」を自由に付箋に書いて貼り出すブレーンストーミングからスタートしました。現在の事業規模を考慮した現実的なものではなく、非現実的で突拍子もない発想であっても思うままに出し合いました。

井﨑私は、国際線の定期便就航にチャレンジしたいと書きました。

京谷そうそう。国際線の定期便就航はメンバー以外の社員からも声があったね。私自身は他社との差別化を図るために何かを徹底的に突き詰めたサービスはどうかと考えました。アイデアとして「人にやさしいエアライン」を出しました。

井﨑それ、すごく言ってましたね。

京谷かなり強く言いました。例えば、赤ちゃん連れのお客様に絶対選ばれるようなサービスを突き詰めるといったものです。

田中この委員会、やっていてすごく面白いし意味のあることなので、例えば5年後も、私たちよりも若い社員が同じような試みを続けていくべきだと思いました。最終的に20年後の姿をまとめたものを経営層に報告する際も、そのことを強く提言しました。

京谷委員会は2018年7月から12月の約5カ月間の活動でしたが、委員会開催日以外でもスケジュールに都合がつく有志が会議室に集まり、何度も議論を重ねました。

井﨑何度も話し合いをしましたね。業務中やランチのときでも(笑)

京谷そうそう。議論が白熱して、気が付いたら「もうこんな時間!」ということが何度もあったよね。

田中最終的には20項目の提言にまとめて、取締役会や経営戦略会議へ持ち込み、プレゼンをしました。結果として多くが中期経営戦略に盛り込まれました。

----何か体現したものはありますか?

田中現在、羽田空港に建設中の新オフィスがあるのですが、委員会で出た意見・アイデアが移転プロジェクトにとても活かされています。特に「オペレーションに強い航空会社」をオフィスというハード面から実現するために、運航管理者と整備責任者の使うデスクの形状や会議室の位置といった細かなこだわりまで、私たちが自由に言ったことを全部実現できたのではないかと思うぐらい反映されています。

活動を通じて改めて考えた
「北海道らしさ」とAIRDOの強み。

----プロジェクトを経て気付けた皆さんの変化はありましたか?

京谷「北海道の翼」として北海道に根差しているAIRDOですが、この先会社をもっと大きくするために、20年後の「北海道の翼」をどのように昇華させるかについて議論しましたね。

井﨑私もそれは印象に残っています。一口に「北海道」といっても、分かりやすいようで実はすごく抽象的なんですよね。「北海道らしさ」とは何かを問うても、社員によって答えはそれぞれ違います。会議の際もホワイトボードにざっと書き出しましたが、どれも魅力的ではあるものの一つには決められませんでした。私は神奈川県の出身ですが、両親にAIRDOに入社すると伝えた時に「どこの会社?」と聞かれました。このプロジェクトを通じて北海道らしさを掘り下げたことによって、北海道やAIRDOの魅力に気付き、全国の人により知ってもらいたいと思うようになりました。

田中私は北海道出身なので「北海道」というものが当たり前だったんですが、みんなの意見を聞きながら改めて「北海道らしさ」を見つめ直せました。

京谷北海道というキーワードがAIRDOにとって切り離せない大切な言葉なんだと気付けました。

----プロジェクトを経て気付けたAIRDOの強みは何ですか?

田中私がAIRDOに入社してから今に至るまでに感じたAIRDOの「強み」は、経営層とのダイレクトな距離感です。コンパクトな会社だからこそ小回りが利くというか、実際に自分たちが動くことで、社長や経営層がちゃんと意見を聞いてくれたり、フィードバックをくれたりするところですね。経営戦略会議でのプレゼンを経て、その思いは確信に変わりました。若い社員が入社してすぐにこうした「距離の近さ」を実感できれば、その強みを最大限に生かしながら仕事ができるのではないでしょうか。

井﨑確かにそうだよね。経営層との距離感はものすごく近いと私も感じましたし、部署を越えた社員同士のつながりもとても強いと感じています。AIRDOの強みだと考えています。

京谷社員それぞれが思い描く会社の将来像があるということ。そして、それを共有する機会を設けることの大切さに気付けましたね。そうすることで、経営層だけでなく社員全員が会社の将来を思い、考える風土・文化が生まれるし、それだけでもAIRDOの未来が変わるんじゃないかと思います。

自分たちが変えていく─。委員会が醸成した
変革のスピリット。

----これからAIRDOが目指すべきことは?

田中社員自らが会社を発展させ、大きくしていくんだという意識と、それを体現できる会社になることです。

井﨑そうだよね。私も変われる覚悟と強さを持つことが大切だと思います。

京谷私もそう思います。経営層だけが会社の将来を考えるだけじゃなく、社員一人ひとりが会社をどうしたいのかが重要です。こう変えたい、こうしたら会社は良くなるんじゃないか、そういうスピリットをみんなが持てるような会社を目指していきたいです。

----20年後、皆さんはどうなっていたいですか?

井﨑私たちが自由にやらせてもらったので、後輩にも同じようにやらせてあげたいし、自分自身も常に攻めの姿勢を続けていきたいですね。

京谷委員会でも"人"にこだわっていましたが、お客様にはもちろん、社員とその家族のことまでも理解し、配慮してあげられるような人になりたいです。

田中そのころには組織の先頭に立って若い人に対して壁を作らない上司になっていたいです。そして将来、再びこうしたプロジェクトが立ち上がる時に、若い世代をサポートしてあげられるようになりたいです。