ミュージシャンたちが愛してやまない
宿泊施設を備えたレコーディングスタジオ
「芸森スタジオ&Cloud Lodge」(1)

ミュージシャンたちが愛してやまない
宿泊施設を備えたレコーディングスタジオ
「芸森スタジオ&Cloud Lodge」(1)

2025.09.16

札幌市中心部から車で約40分。南区にあるアートのまち・芸術の森の中に、ミュージシャンたちが作品づくりのために訪れる場所があります。それが「芸森スタジオ&Cloud Lodge(クラウドロッジ)」。宿泊施設を備えた東京以北最大級のレコーディングスタジオで、ここから数々の名曲・名盤が生まれました。そこで本記事は、同施設の責任者である髙瀨清志さんに「芸森スタジオ」の魅力についてお話をうかがってきました。

※本記事は2025年5月時点の情報です。おでかけの際は公式サイトで最新情報をご確認ください。

唯一無二の"音楽が生まれる場所"へ再生

遡ること1993年。

ビートルズの育ての親であるジョージ・マーティンさん監修のもと、大手レコード会社が札幌市南区芸術の森にレコーディングスタジオを創設しました。それが「芸森スタジオ」の前身です。

▲コンソールは世界的にも希少な1970年代製SSL(ヴィンテージ機)

ところが、レコード会社が経営難に陥り、2000年にスタジオを売却。いくつかの企業の手に渡りましたが、運営しきれず長いこと使われない状態が続いていました。

▲このコンソールでスティングやローリングストーンズもレコーディングをした

とはいえ、そのつくりは贅を尽くしており、コントロールルームにはジョージ・マーティンさんが所有していたカリブ海モントセラト島のスタジオにあった、世界に4台しか存在しないと貴重なコンソールを設置。

演奏ブースは、反響する音のバランスを考えて、壁に札幌軟石やウッドブロックを施し、地下にはふくよかな天然の音を響かせるエコールームがあります。

▲札幌軟石を貼ったスタジオの響きを高く評価するミュージシャンが多い

唯一無二の素晴らしいスタジオを蘇らせ、北海道の音楽拠点にしたいと、札幌の音楽イベント会社と歌手の松山千春さんが共同購入。

そして、スタジオの再生を任されたのが、プロデビューの登竜門「ヤマハポピュラーソングコンテスト」で新人ミュージシャンの発掘・育成に携わり、また北海道のFMラジオ局にてさまざまな音楽番組を手がけた髙瀨清志さんでした。

▲髙瀨清志さん

「建物もスタジオも立派なつくりなのに、長年、人が使っていなかったことで、何もかもが朽ち果てていました。部屋は汚れているし、当然、レコーディングができるような状態でもなかった。

ここを生き返らせるにはどうしたらいいかと考えても、スタッフもお金もない。まずは自分一人でできることから始めようと、掃除からスタートしました」

▲ゆったりとした空間も贅沢。日本でこの規模のスタジオはいまや珍しい

深い眠りから呼び覚ますように、空間の隅々に息を吹き込んでいった髙瀨さん。

徐々にかつての姿を取り戻していき、2008年に宿泊施設付きレコーディングスタジオとして新たに運営を開始。2017年に宿泊施設を「Cloud Lodge」と名づけ、ホテルとして再スタートしました。

長い道のりを経て現在、UVERworld、AK-69、Official髭男dism、Ms.OOJAなど、数々の人気ミュージシャンが訪れる場所へと生まれ変わりました。

世界が認める音楽家・坂本龍一が認めたスタジオ

試行錯誤しながらスタートを切り、レコーディングスタジオとして準備が整いつつあった2010年。思わぬオファーが舞い込んできます。

▲奥に坂本さんのYAMAHA MIDI Grandがセットされレコーディングが行われた

坂本龍一さんと大貫妙子さんのコラボアルバム『UTAU』のレコーディングを芸森スタジオで行いたいという申し出でした。

当初はロンドンでレコーディングを行なう予定でしたが、スケジュールの関係で日本に変更。坂本さんご自身のグランドピアノを持ち込んでレコーディングできる国内スタジオを探していたところ、「芸森スタジオの石壁はとても響きがいい」という情報を得てのオファーだったそう。

▲「音響設計の優れたスタジオ」と、レコーディングに参加したエンジニアからも絶賛だった

髙瀨さんは当時を振り返ります。

「準備が整いきれていない状態だったので、実のところ、受け入れるかどうか迷いました。ですが、芸森スタジオを広く知っていただくにはまたとないチャンスです。坂本さんに現状を正直にお伝えしたところ、『大丈夫。足りないものはすべて東京から持っていくから』という返答をいただき、当スタジオでのレコーディングが正式に決まりました」

▲『インタビュー:坂本龍一』(リットーミュージック)にレコーディングの様子が掲載されている

10日間にわたって行われたレコーディングは大成功に終わりました。

ピアノの音の響きはもちろん、スタジオスタッフや周囲の自然、提供された料理にも満足されていた様子だったとのこと。

それは、スタジオ滞在中に行なわれた音楽誌の取材からも感じとれました。つねに坂本さんの口から「芸森スタジオは素晴らしい」という言葉がこぼれ、そのコメントがさまざまな媒体で紹介されたのです。

さらに、世界を襲ったコロナ禍において、芸森スタジオを守ろうと声を上げたミュージシャンたちの中に坂本さんもいました。

▲寄付スタートからわずか11日間で第一目標の500万円を達成した

「坂本さんをはじめ、多くの方々に応援していただいたおかげで、クラウドファンディングによる多くの寄付金が集まり、危機を免れました。感謝の気持ちでいっぱいです」

ここの音と環境を求める人がいる限り、守り続ける

音楽制作のデジタル化が進んだ今、パソコンやオーディオインターフェースなどの機材があれば、自宅でもレコーディングができるようになりました。

髙瀨さんは言います。

▲「当施設のようなレコーディングスタジオはどんどん少なくなっています」と髙瀨さん

「けれども、当スタジオのような広いスペースでなければ録れない音があり、それを必要とする音楽がまだまだあります」

「ここにはミュージシャンにとって、もっとも大変である、ゼロからイチを生み出す"環境"もあります。僕らはそこを一番大切にしています」

▲夏は深緑、秋は紅葉と、四季折々の彩りを楽しめる

地下鉄や自動車が発する低い音が届かない、森に囲まれたロケーション。

十分な睡眠時間をとれる、リラックスできる宿泊施設。

▲木を基調とした客室の中も静寂に包まれている
▲スタジオにこもる日々で食事は唯一の楽しみ

ミュージシャンのその日のコンディションに合わせて提供される料理。

そして、絶妙の距離感と卓越した技術でミュージシャンをサポートするスタッフたち。

▲レコーディングエンジニアの池田朋宏さん

「まるで慣れ親しんだ空間にいるかのような環境だから音楽に没頭できる。ここはそういう役目の場所でもあるんです」

贅沢に作品をつくれた時代の中で生まれたスタジオ。
作品づくりに集中できるよう、ミュージシャンをサポートする万全の環境。
それらが、これまで数多のミュージシャンが自己と向き合う手助けとなり、そこでかもし出された空気が"音楽の神さま"と呼ばれる何かとなっているように感じました。

▲芸森スタジオ内は、一般の人でも宿泊すれば見学できる

「坂本さんから、『この建物はバブル経済だったからこそつくれたもの。もう二度とつくることはできないから、ぜひ守ってほしい』とおっしゃっていただきました。建物の維持管理は今もなお尽きない悩みですが、その言葉で改めて、ここを守り抜こうと誓いました」

次記事では、宿泊施設「Cloud Lodge」と、そこで味わえる大絶賛の「八坂メシ」をご紹介します!
ミュージシャンたちが愛してやまない宿泊施設付きレコーディングスタジオ「芸森スタジオ&Cloud Lodge」(2)

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芸森スタジオ&Cloud Lodge
住所:札幌市南区芸術の森3丁目915-20
TEL:011-206-7355
営業時間:宿泊付利用 [ チェックイン14:00/チェックアウト翌11:00 ]
1泊料金:ロフトルーム40000円/1棟(4名まで宿泊可能)、ツインルーム13200円~/1名、スイートルーム20000円~/1名 ※スタジオ利用・屋上庭園利用・食事付き等についての料金は公式サイトをご確認ください
公式サイト:https://geimori-st.jp/

※価格はすべて税込です。
※本記事は2025年5月時点の情報です。おでかけの際は公式サイトで最新情報をご確認ください。

企画・制作:株式会社monomode

取材・編集:宮本 育

撮影:須田守政(FIXE)

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