世界を魅了する彫刻家・安田侃の作品と、まちや人々が紡ぐ、こころの故郷「安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄」(1)

世界を魅了する彫刻家・安田侃の作品と、
まちや人々が紡ぐ、こころの故郷
「安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄」(1)

2025.03.04

北海道といえば、新鮮な魚介類や農産物、ジンギスカンなどのご当地グルメ、アウトドアスポーツなどを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。実は、北海道はさまざまな芸術家が生まれた地でもあるのです。そこで今回は、北海道・美唄出身で国際的に知られるイタリア在住の彫刻家・安田侃(やすだ かん)の作品を見て・触れて・感じられる「安田侃彫刻美術館アルテピアッツァ美唄」をご紹介します!

※本記事は2024年10月時点の情報です。おでかけの際は公式サイトで最新情報をご確認ください。
※価格はすべて税込みです。

日本有数の炭鉱都市だった美唄市にある彫刻美術館

札幌市から道央自動車道を経由して北上すること約1時間。美唄インターチェンジを出て、道道135号(美唄富良野線)を右に曲がり、5分ほど走ると「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄(以下、アルテピアッツァ美唄)」があります。

▲美術館は「旧美唄市立栄小学校」の校舎を再利用している

美唄市は、かつて日本経済の発展に貢献した炭鉱のまちでした。人口数がピークであった1956年には、市民9万人超のうち、約6万人が炭鉱関連地区に住んでいたと言われています。

(左)▲帰門(きもん)
(右)▲天翔(てんしょう)

アルテピアッツァ美唄があるエリアは「炭住街(たんじゅうがい)」と呼ばれる、炭鉱の人々が暮らした炭鉱住宅街でした。

(左)▲天モク(てんもく)、水の広場
(右)▲真無(まむ)

しかし、時代の変化とともに、エネルギーも石炭から石油へと変わり、炭鉱が次々と閉山します。

▲美術館になる前、「美唄市立栄幼稚園」として活用されていた

1973年には市内すべての地下炭鉱が閉鎖。多くの労働者とその家族が美唄市を離れ、まちから活気が失われていきました。美唄市で生まれ育った安田侃さんは、その様子に心を痛めたひとりでした。

(左)▲妙夢(みょうむ)
(右)▲天秘(てんぴ)
▲相響(そうきょう)

広報担当の泉沙希さんは言います。

「安田が子どもだったころ、まさに美唄は炭鉱で盛り上がっていた時代でした。まちは人で賑わい、なかでもお祭りは今とは比べものにならないくらい盛大だったそうです。──

──炭鉱夫たちは日々、命にかかわる厳しい労働に従事していたので、そこから解放されるお祭りのときは思いっきり楽しむからです。そのときの興奮と感動は、大人になった安田の胸にずっと残っていたようでした。──

▲胸いっぱいの呼吸(いき)を
▲土地にまちの記憶が刻まれている

──しかし高校卒業後、北海道教育大学、東京藝術大学大学院を経て、1970年、安田はイタリアへ留学します。数年後、故郷・美唄に戻ると、まちはすっかり様変わりしていました。炭鉱住宅も、美唄鉄道もなくなり、あまりにも静かになっていて、とてもショックを受けたと言います」

そのショックは、美唄市にたずさわる人々も同様でした。大勢の大人と子どもで賑わい、楽しかったまちの思い出。時代の移ろいとともに、まちが刻んだ歴史すべてが、このままでは消えてしまう。

▲真無(まむ)

そこで、まちに炭鉱時代の記憶を呼び起こすものを残したいと、1976年、美唄市が安田侃さんに記念碑の制作依頼をしたことから、アルテピアッツァ美唄誕生のドラマは動き出しました。

▲我路ファミリー公園に、アルテピアッツァ美唄が誕生するきっかけとなった記念碑「炭山(やま)の碑」がある。安田侃さんが初めて手がけたモニュメントだ

記念碑「炭山の碑」の設置(1980年)から8年後、再び美唄市と安田侃さんとをつなぐご縁が生まれます。日本での拠点を探していた安田侃さんに、美唄市から旧美唄市立栄小学校体育館を使用してはどうかと声がかかったのでした。

▲旧体育館はアートスペースとなっている

泉さんは言います。

「これをきっかけに、安田は体育館へ足を運ぶようになりました。そのとき、吹雪の中を色とりどりのアノラックを着た園児たちが元気に幼稚園(当時、旧美唄市立栄小学校は幼稚園として活用されていた)へ通う姿を見かけ、『この場所を、この子たちが喜ぶ広場にしよう』と思ったそうです」

▲天聖(てんせい)、天モク(てんもく)

1992年、炭鉱住宅街跡は広い空と四季折々の彩りに包まれる芸術広場(アルテピアッツァ)へと生まれ変わり、現在、美唄市民の憩いの場、そして国内外から多くの安田侃ファンが集う場所へと再生したのです。

忘れていた遠い記憶と再会できる場所

アルテピアッツァ美唄には、屋外だけでなく、校舎や体育館を活用したギャラリーなどにも、さまざまな作品が散りばめられています。その様子は、まるで学校の中で子どもたちが楽しくおしゃべりしたり、遊んだりしているかのよう。静かな息づかいが聞こえてきそうです。

▲意心帰(いしんき)
▲左から、妙夢(みょうむ)、風(かぜ)、相響(そうきょう)

作品は見るだけでなく、ぜひやさしく触れてみてください。大きなものなら、抱きしめたり、ゆったりと体を預けたりするのもいいでしょう。

すると、大理石やブロンズといった硬い素材であるのに、自分のこころと溶け合うような、柔らかさを感じるはずです。

▲めばえ
▲天秘(てんぴ)

ふと、不思議な懐かしさにも包まれます。それはこの地で紡がれた記憶と似た自らの思い出が重なり合ったような感覚。たとえば、遠い昔に感じた、やさしい人の手のぬくもりとか。
安田侃さんの作品には、忘れていたものを呼び起こす魔法のようなものがあるのです。

泉さんは言います。

「安田の言葉に、『心は形を求め、形は心を求める』があります。こころの中には、言葉にはできないけれど、確かに何かがあります。それを人は"想い"と呼びますが、想いだけでは、こころの持ち主である本人ですら確認しにくい。ですが、形があることで確認できる。安田は、その"想い"を、触れることによって確かめられる形を生み出しています。これこそが、安田が世界中から評価されている理由かと思います」

▲めざめ

ところで、「天聖」「天秘」「真無」など、独特な世界観をかもし出している作品名。この発想はどこから来ているんでしょうね、と泉さんに問いかけてみたところ......。

▲屋内から眺める、彫刻がある風景も美しい

「作品名について、私も安田本人に質問したことがあるんですけど、『難しいこと聞くね......』って茶目っ気たっぷりに言われました(笑)。それくらい、安田にとっては言葉よりも形がすべてなんだなって改めて思いました」

併設しているカフェや図書館で、お好きな時間を

カフェアルテ

敷地内をぐるりと回り、歩き疲れたら、「カフェアルテ」へ。

▲カフェアルテ
▲光がたっぷり入る明るい店内

天井が高く、大きな格子窓があるゆったりとした空間。1席あたりのスペースが広々ととられているので、1人で訪れても周囲を気にせず、くつろげます。

一角には、暖炉が設置されており、冬になると薪がはぜる音と、ゆらめく炎で、さらにリラックスできるはず。

▲冬になると暖炉が灯される
▲パニーノとコーヒー

美唄の石釜パン・ストウブのパンに、札幌のイタリアン・パルコフィエラのシェフが仕込んだエゾシカ肉のプロシュートコット(加熱したハム)を挟んだイタリアのサンドイッチ「パニーノ(1500円/ドリンク付・数量限定)」がおすすめです。

▲グリーンシーズンは、窓から「真無」を眺められる(冬季は保護シートをかけています)

アルテ文庫

アルテピアッツァ美唄を訪れたら、つかの間、スマートフォンの電源を切ってみませんか? 少々手持ち無沙汰と思ったなら、「アルテ文庫」で本を借りてきましょう。

▲木造校舎

木造校舎の2階。インフォメーション窓口の横に、彫刻や大理石などに関する書籍を集めた「アルテ文庫」があります。

ここで閲覧もできますが、施設内であれば、どこへでも持ち出しOK。カフェはもちろん、天気の良い日は、お気に入りの彫刻に腰かけて、読書するのもいいかも。

▲アルテ文庫

そこで、安田侃さんのご長男であり、作家や作品のマネジメントを担う安田琢さんにおすすめ本をご紹介いただきました!

▲左から「LAVORARE-LIBERI」、「大理石を彫るもう一つの手-IL MARMO DELL'ALTRA MANO-」

「1冊目は、『LAVORARE-LIBERI(ラヴォラーレ・リベリ)』です。どのようにして大理石を切り出し、運び、作品がつくられているかがわかる1冊です。素晴らしい石の写真も豊富に掲載されているので、イタリア語がわからなくても面白いと思います」

そして、もう1冊は、石工職人ジョルジョ・アンジェリさんの工房、STUDIO DI SCULTURA GIORGIO ANGELIの仕事をまとめた、『大理石を彫るもう一つの手-IL MARMO DELL'ALTRA MANO-』。

「ジョルジョは、安田侃の50年来の相棒であり、今なおその関係は続いています。アルテピアッツァ美唄の設立準備の際は手伝いに来てくれましたし、一昨年、30周年を迎えたときもお祝いに駆けつけてくれたんですよ」

(左)▲オリジナルTシャツ(妙夢) 3800円
(右)▲マスキングテープ 各450円

『大理石を彫るもう一つの手-IL MARMO DELL'ALTRA MANO-』はショップにて購入が可能。ほかにも、オリジナルTシャツやマスキングテープが、お土産に人気です。

次記事では、同美術館の人気ワークショップ「こころを彫る授業」を筆者が体験レポートします!
世界を魅了する彫刻家・安田侃の作品と、まちや人々が紡ぐ、こころの故郷「安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄」(2)

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安田侃彫刻美術館 アルテピアッツァ美唄
住所:美唄市落合町栄町
TEL:0126-63-3137
開園時間:美術館9:00~17:00、カフェアルテ10:00~17:00 ※11月中旬~翌3月中旬の平日は10:00~16:00
休園日:火曜日、祝日の翌日(日曜日は除く)、年末年始
入園料:無料(アルテ市民ポポロ[年会費3000円]など、任意による寄付を募っています)
公式サイト:https://www.artepiazza.jp/
※冬季は、屋外にある彫刻作品を厳しい寒さから守るため、11月上旬~4月下旬ごろまで白大理石(一部ブロンズ)の彫刻作品に保護シートをかけています。

企画・制作:株式会社monomode

取材・編集:宮本 育

撮影:須田守政(FIXE)

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