20世紀が生んだ偉大な芸術家イサム・ノグチが
大地に刻んだ彫刻 「モエレ沼公園」を訪れる(1)
20世紀が生んだ偉大な芸術家
イサム・ノグチが大地に刻んだ彫刻
「モエレ沼公園」を訪れる(1)
2024.10.18
どこまでも広がる自然の大パノラマなど、スケールの大きさが魅力の北海道。開放的なスポットは道内各地に点在していますが、今回は世界的彫刻家として知られるイサム・ノグチの最大にして最後の作品である「モエレ沼公園」をご紹介します。ノグチが公園造成に携わったきっかけから完成までのドラマをたどるほか、公園での楽しみ方を解説します!
※本記事は2024年6月時点の情報です。おでかけの際は公式サイトで最新情報をご確認ください。
※価格はすべて税込です。
彫刻家イサム・ノグチが手がけた総合公園
当初は、広場ごとにゾーンを分ける計画だった
モエレ沼公園とは、札幌中心部から車で約30分のところに位置する総合公園。年間70~80万人が訪れる、市民の憩いの場です。
モエレ沼はアイヌ語で「モイレ・ペッ」(ゆっくりとした川の流れ)に由来し、豊平川の蛇行によってつくられた三日月湖のこと。水辺の植生が豊かで、多くの野鳥が集まる自然保護区としても知られています。
かつてのモエレ沼は不燃ゴミの最終処理場でしたが、その後、地形造成が行われ、公園として生まれ変わりました。これは、都市が抱えるゴミ問題を解消しつつ緑地造成をはかるための札幌市による公園の用地買収で、当初から計画されたものでした。
モエレ沼公園管理事務所の櫻田竜介さんは言います。
「当初の計画では、芝生広場、運動施設、多目的広場などを各ゾーンに分ける、いわゆる一般的な公園になる予定でした。しかし、ノグチとの出会いにより、これまでにない計画が持ち上がりました」
ノグチが残したマスタープランに沿った公園を実現
そのきっかけは、かねてよりノグチと親交があった起業家が、札幌市に働きかけたことから始まりました。1988年1月のことです。札幌市は街を自然で囲むという都市計画を行なっていた真っただ中。話はまたたく間に進み、同年3月、ノグチの札幌視察が実現。札幌市はいくつかの候補地を用意していましたが、事前に資料を見ていたノグチは、このときすでにモエレ沼に強い興味を示していたと言います。
ノグチの目の前に広がるモエレ沼は、強風でゴミが舞う、まるで荒廃した原野のようでした。なぜ、そのような場所を選んだのでしょう。櫻田さんのお話が、そのヒントを与えてくれます。
「ノグチは創作の際、手つかずの状態と、人の手を加えた状態とのバランスを常に意識していたのだと思います。自然の真似をすることや、過度に人の手が加えられることには違和感があったのでしょう。過去にノグチは、『自分の作品は、自然が許してくれた過ち』という言葉を残しています。人が何かをつくるというのは自然を傷つけているのと同じ。だけれど、人の手が加わってなお調和のとれた状態を目指すことで、自然と作品が一体となり許してくれる。そのようにノグチは考えていたのだと思います」
人の営みから吐き出されたゴミであふれたモエレ沼でしたが、周囲には豊かな水辺があり、頭上には何も遮るものがない、大きな空が広がっていました。そこにまだ、自分の手を加える余地がある、果てしない雄大な大自然を垣間見たのかもしれません。
ノグチが初めて札幌を訪れてから約8ヶ月後、すでに決定していた諸々の条件を加味した、モエレ沼公園のマスタープランが完成。しかし、その翌月の12月30日、ノグチはニューヨークにて心不全により帰らぬ人となりました。
「札幌市ではノグチのマスタープランを白紙に戻し、再考すべきだという声があがりましたが、当時、助役を務めていた桂信雄さん(元札幌市長)の強い意志もあり続行が決定。時間がかかってもいいからノグチのアイデアを実現しようと、ノグチの遺志を引き継いだ人々の熱意と協力のもと、17年間の歳月をかけて2005年に完成することができました」
ノグチの長年の夢だった「プレイマウンテン」
「大地を彫刻として地球を彫り込む」という発想
ノグチには長年の夢がありました。それは「プレイマウンテン」の実現です。
20歳から彫刻家として活動していたノグチは、日々、自分の彫刻について模索しつづけていました。10年が経とうとしていたとき、「大地を彫刻として地球を彫り込む」というアイデアがひらめいたと言います。このアイデアのもと、つくり出されたのが子どものための遊べる芸術作品「プレイマウンテン」でした。当初の構想から50年以上が過ぎ、モエレ沼公園で初めてプレイマウンテンは受け入れられたのです。
高さ30mの人工山で、細長い三角錐をつぶしたような山の西斜面には、瀬戸内海の犬島から運んできた花崗岩(かこうがん)でつくった石段が99段。その反対側には、ゆるやかに頂上へと続く白い1本道。歩くと、"遊び山"という名称から受けるアクティブなイメージよりも、どこか穏やかで神聖な雰囲気すら感じます。
櫻田さんは言います。
「公園の設計を担当された建築家らの記録を読むと、『もしかするとプレイは"Play(遊ぶ)"ではなく、実は"Pray(祈る)"ではないか』というような言葉があり、なるほどと共感するんです」
子どもの好奇心と創造力が養われる場であってほしいという思いでつくられたプレイマウンテン。何よりもここで子どもたちに楽しく遊んでほしいという、ノグチの"祈り"が伝わってくるようでした。
人工山もそこからの景観も、公園にあるすべてがアート
敷地内には、広大な土地を活用したダイナミックな彫刻が点在しています。それらを眺めるだけでなく、触れたり、登ったりしながらアートを体感できるところも、モエレ沼公園の魅力。
公園内でもっとも高い、標高62mの「モエレ山」もその1つ。不燃ゴミや建設残土の埋め立てにより造成された人工山で、その頂上中心部には測量や地図作成に利用される「三角点」が設置されています。
頂上へは、3方向5ルートの入口から目指すことができ、手軽な登山感覚で、それぞれ趣の異なる眺望を楽しむことができます。
冬になると白銀の雪山へと姿を変え、ソリ遊びが可能に。ソリ(500円/最大3時間)や長靴(300円/最大3時間)のレンタルも行なっているので、手ぶらで訪れてもOKです。
ほかにも、石を張った広場と150mの水路「カナール」で構成された「アクアプラザ」、芝生のマウンド(丘)での日向ぼっこが気持ちいい「テトラマウンド」。
コンサートや舞踏などの舞台にもなる「ミュージックシェル」、最大25mまで噴き上がる水の彫刻を見られる「海の噴水」などを配置。
四季折々の風景と、そのときどきで変わる空の色。これら自然のダイナミズムに引けを取らないアートの数々。ノグチの創造性のすごさを実感できることでしょう。
ガラスのピラミッドにはギャラリーなども併設
モエレ沼公園のシンボルであり、訪れた人々の休憩スポットでもある「ガラスのピラミッド」内にもぜひ足を運んでください。
開放的な空間が広がる「アトリウム」や「屋上展望台」で休憩できるほか、オリジナルグッズやお弁当、ソフトクリームなども販売。
3階には「イサム・ノグチギャラリー」も併設されており、ノグチの生涯やモエレ沼公園が完成するまでのあゆみを知ることができます。
さらに、ガラスのピラミッドの中には、とっておきのフレンチレストランがあるんです。
そのご紹介は次の記事にて!
<DATA>
モエレ沼公園
住所:札幌市東区モエレ沼公園1-1
TEL:011-790-1231
開園時間:7:00~22:00(入園は21:00まで)※各施設の営業時間は異なります
休園日:なし※各施設は休業日を設けています
入園料:無料(駐車料金無料)
公式サイト https://moerenumapark.jp/
企画・制作:株式会社monomode
取材・編集:宮本 育
撮影:須田守政(FIXE)