北の名建築に泊まる
北の名建築に泊まる
2024.7.26
宿を巡り、時空を超える旅
旅館やホテルを選ぶ基準は、立地、料理、ホスピタリティ...と多々あるが、建築、デザインに目を向けると、新たに湧き上がる旅のカタチが見えてくる。北の名建築と呼ぶにふさわしい宿を探しに、小樽市へ、白老町へ。そこには北海道の歴史を伝える意匠と、過去から今へとつながる時空を超えた物語が息づいている。
国の登録有形文化財に登録された
日本で唯一宿泊できる鰊御殿
石狩湾を見下ろす、小樽市平磯岬の高台に立つ料亭湯宿〈銀鱗荘〉。そこは、かつて余市町で栄華を極めた大網元が築いた豪邸だった。
120年以上の歴史を今に伝える建物には、細部にまで贅を尽くした意匠が宿る。
日本で唯一宿泊できる鰊御殿の宿で、ここだけの非日常を味わいたい。
北海道の日本海側では、明治から昭和初期にかけてニシン漁の活況に沸き、各地に鰊御殿と呼ばれる大網元の豪邸が建てられた。
〈銀鱗荘〉の前身は、1900(明治33)年に余市に築造された、越後出身の大網元・猪俣安之丞の邸宅。
当時、鰊御殿の多くは親方の住居と漁夫たちの寝床を一つの建物の中に兼ね備えていたが、猪俣邸は個人の住宅として建てられた。
昭和に入り、余市地方のニシン漁は大不漁に陷り、猪俣家の経営は停滞。1938(昭和13)年に北海ホテルが猪俣邸を購入して小樽市平磯岬の高台に移築し、1939(昭和14)年に同ホテルの料亭旅館〈銀鱗荘〉として開業した。しかし、間もなく時代は戦時体制に入り、1944(昭和19)年に旧陸軍に接収され、高射砲陣地として使用された。
戦後、長らく創業当時の施設がそのまま保たれていたが、1986(昭和61)年以降に大規模な増改築を行い、伝来の外観や調度品などを保ちながら快適性や機能性を加え、小樽を代表する高級旅館として価値を高めてきた。銀鱗荘は、1957(昭和32)年に北海道文化財百選に選ばれ、2012年に小樽市指定歴史的建造物に。2023年には〈銀鱗荘旧本館〉と〈グリル銀鱗荘〉が国の登録有形文化財に登録された。
銀鱗荘を施工したのは、猪俣家が故郷・越後から招聘した宮大工・米山仙蔵。建築素材には、とど松、せん、たも、栗などの高級木材が用いられ、正面の腰羽目には海外から取り寄せた大形花崗岩を用いるなど、明治期における施主の豊かな財力がしのばれる。
玄関ホールに入ると、上部は高さ8メートル以上の吹き抜けとして梁組の架構をみせ、大屋根の上にそびえる望楼のガラス窓を通して自然光が注ぐ工夫がなされている。玄関ホールの右手には、かつて猪俣家が帳場や茶の間、また接客の間として用いた6室が50畳の大広間に並び、大神棚や床の間などがかつてニシン漁で築いた栄華を物語る。
そして、新館特別和洋室「鶴」では、全く次元の違う非日常感を味わうことができる。和の主室2間と洋室、室内温泉を備えたスイートで、窓の外に石狩湾をどこまでも見渡せる大パノラマが広がる。ここでは将棋タイトル戦も開催され話題となった。
日本で唯一現存する鰊御殿の宿であり、「北の迎賓館」とも称される銀鱗荘。名建築とうたわれるデザインホテルは数あれど、120年以上北海道に息づく歴史的意匠の中で極上のおもてなしを堪能できるのは、ここだけの希少な体験だ。
料亭湯宿 銀鱗荘
石狩湾と小樽の街並みを見渡す壮大な眺めと、野趣あふれる絶景露天風呂、北海道の食材を用いた会席料理とフランス料理を堪能。120年以上の歴史ある豪壮かつ優美な設えの中で、極上の非日常を満喫したい。
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住所:小樽市桜1丁目1番地
TEL:0134-54-7010
公式サイト:https://www.ginrinsou.com/
photo: Yasuyoshi Otaki (※1), Natsumi Chiba (※1·2·3·4·5·6)
text : Katsuaki Takasaki
昭和初期の外国人専用ホテルから、
現代的感性が融合するブティックホテル
昭和初期、外国人専用ホテルとして開業した〈旧越中屋ホテル〉は、長い年月を越えて、当時の様式が息づく新たなホテルとして生まれ変わった。
クラシカルな設えと現代的感性が融合する〈UNWIND HOTEL & BAR 小樽〉。
小樽を代表する歴史的建造物の中で過ごす、時間と空間の楽しみ方を探る。
〈UNWIND HOTEL & BAR 小樽〉の歴史は、1877(明治10)年に創業した老舗旅館〈越中屋〉に端を発する。ここはかつて皇族も宿泊し、明治30年代以降の英国の旅行案内書にも掲載され、当時国際貿易港として栄えた小樽を代表する旅館だった。
〈越中屋〉は、1931(昭和6)年に北海道初の外国人専用ホテルを開業。10年ほど営業を続けたが、戦時下の1942(昭和17)年に旧陸軍の将校クラブとして接収され、1945(昭和20)年からは駐留米軍に接収された。戦後、所有権が転々と変わり、一時ホテルとして再生を果たすも、2009年以降は長らくクローズされていた。
小樽市指定の歴史的建造物であり、経済産業省の近代化産業遺産に登録される〈旧越中屋ホテル〉。この古き良き建物を再生しようと、㈱グローバルエージェンツが運営を担い、2019年にUNWINDHOTEL & BAR 小樽として新たに誕生した。
竣工時の設計は倉澤国治、改修の意匠設計は石塚和彦アトリエ、構造設計は山脇克彦が担当。建物は鉄筋コンクリート造4階建てで、外観は壁面全体に貼られたレンガタイル、縦2列のベイウィンドウや両脇の丸窓と垂直の窓割りが特徴的だ。
エントランスを抜けると、クラシカルな趣の異世界へ。高い天井、タイル敷の床、散りばめられたステンドグラス、アールデコ様式の設えが重厚かつ幻想的な雰囲気を醸す。リノベーションコンセプトは「クラシックコンテンポラリー」で、昔からの美観をそのまま残しながら現代的なデザインを融合させた。メインレストラン「TheBall 小樽」におけるステンドグラスとコンテンポラリーな照明とのコントラストは、その世界観を顕著に表している。
1Fロビーで一段と映えるのは「BAR Ignis 小樽」。宿泊者だけではなく、地域の方にもホテル空間を楽しんでもらおうとリノベーション時に設置され、ゲストは毎日夕刻に無料でローカルワインが楽しめる(ルームサービスでもこだわりのワインが楽しめる)。バーの周りはギャラリーとして北海道ゆかりのアーティスト作品が展示され、クラシカルな空間に洗練された印象を加えている。
夕方にバーでワイングラスを傾け、ディナーはレストランで北海道の食材をふんだんに使った小樽キュイジーヌ、朝食はイギリスの伝統を受け継ぐ「モーニングハイティー」を満喫するのが、UNWINDスタイル。90年以上の歴史と現代感覚が融合するブティックホテルで、とっておきの時間と空間を満喫したい。
UNWIND HOTEL & BAR 小樽
歴史を感じる建物の情緒や建築的美観はそのままに、大胆なリノベーションにより現代的感覚で表現されたブティックホテル。クラシカルな空間の魅力に加え、滞在する時間を楽しむホスピタリティが優れている。
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住所:小樽市色内1-8-25
TEL:0134-64-5810
公式サイト:https://www.livelyhotels.com/ja/unwindotaru/
photo: Natsumi Chiba
text : Katsuaki Takasaki
アイヌ文化伝承の地に佇む
世界が認めた温泉宿
温泉と地域の伝統文化を軸に、星野リゾートが全国に展開する温泉旅館ブランド〈界〉。
2022年に北海道初の界ブランドとして開業した〈界 ポロト〉は、イギリスの旅行誌『ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー』が選出する「2022年世界のベストホテル42」でベストデザイン賞を受賞した。
世界が認めたその魅力を体感しに、白老町へ。
太平洋沿岸の穏やかな気候と豊かな自然に恵まれ、古くからアイヌの人々が暮らし続けてきた白老町。アイヌ語で「大きな沼」を意味するポロト湖のほとり、アイヌ文化の復興と創造をテーマとするナショナルセンター〈ウポポイ(民族共生象徴空間)〉に隣接するのが、星野リゾートの温泉旅館〈界 ポロト〉だ。設計を手がけたのは建築家の中村拓志。アイヌ文化を尊重し、自然との一体感や多文化共生を体験できる空間は、ここでしか味わえない感動をもたらしてくれる。
かつてアイヌ民族の大切な生活用水だったメム(湧水)から川を整備し、湖を敷地内へ大胆に引き込んだランドスケープは、ポロト湖流域の縮景だ。川をまたいで設けられたラウンジにはコタン(集落)の森を思わせる白樺が立ち並び、アイヌ民族の生活の中心にあったアペオイ(囲炉裏)の火が静かに燃えている。
界 ポロトのアイコンともいえるのが、別棟の大浴場「△湯」だ。三角錐形の建物が並ぶ印象的な湯小屋は、アイヌ民族の伝統的な建築手法「ケトゥンニ」をベースとした丸太組みの三脚構造。ポロト湖にせり出した露天風呂は内湯とシームレスにつながり、湖上へ泳ぎ出るような気分で湯浴みを楽しめる。もうひとつの浴場「○湯」はドーム天井の頂部から自然光が差し込み、地底から茶褐色のモール泉が湧き出る洞窟のような空間。これも自然との一体感を味わえる趣向のひとつだ。
「□の間」と名付けられた客室のモチーフは、アイヌ民族が暮らすチセ(家)。炉を思わせるテーブル、アイヌ文様を施した壁紙やファブリックなど、アイヌ文化が随所に香り立つ。窓の向こうには静かなポロト湖と樽前山。湖畔にはウポポイの敷地内に再現されたチセが並び、アイヌの人々が築いた豊かな暮らしや精神世界にどっぷりと浸れる。室内の壁を飾る木彫りのオールは「白老の自然とアイヌ文化にふれる旅へこぎ出してほしい」というメッセージ。この空間に時計やスマートフォンは似合わない。しばし電源をオフにして、いにしえのコタンに心を遊ばせよう。
界 ポロト
「ポロト湖の懐にひたる、とんがり湯小屋の宿」をコンセプトとする全室レイクビューの湯宿。北海道の美味多彩な会席料理、アイヌ文化にふれる体験プログラムなどの楽しみも。
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住所:白老郡白老町若草町1-1018-94
TEL:050-3134-8092(界予約センター)
公式サイト:https://hoshinoresorts.com/ja/hotels/ kaiporoto/
photo: Natsumi Chiba
text : Miwa Sasaki
さらに建物目線でユニークホテル巡り!
北海道こだわり建築ホテル
広い北海道には、ユニークなこだわり建築ホテルがまだまだある。
デザイン性に加え、泊まりたくなる・楽しみたくなる魅力に注目しよう。
1.函館空港
HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELS
HakoBA Hakodate by THR SHARE HOTELS
◎函館市
1932(昭和7)年に建てられた〈旧安田銀行函館支店〉をリノベーション。
函館市景観形成指定建築物に指定される建物は、丸みのある優雅なフォルムで異国情緒を感じさせる。館内には建物の歴史を物語るモニュメントやアート作品を設え、函館の歴史文化の一端に触れることができる。ノスタルジックな趣とともに、洗練されたホスピタリティを満喫できるホテルだ。
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住所:函館市末広町23-9
TEL:0138-27-5858
公式サイト:https://www.thesharehotels.com/hakoba/
2.北海道のまん中・旭川空港
青い星通信社
Planet Blue News Service
◎美深町
美深町の草原に建っていた廃屋をリノベーションして生まれた、ゲストルーム3室の小さなホテル。
築70年以上と推測される建物は、厚さ50センチにも及ぶ石レンガの壁により豪雪に押しつぶされることなく残されていたとか。
青みをおびた美しさを持つ石レンガ積みの建物は、ノスタルジックな思いを呼び起こす。
草原の風景とともに、ただ静けさに浸っていたい。
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住所:中川郡美深町紋穂内108番地
TEL:080-9002-7724
公式サイト:http://aoihoshi.co.jp/
3.とかち帯広空港
森のスパリゾート 北海道ホテル
SPA RESORT IN THE FOREST HOKKAIDO HOTEL
◎帯広市
明治期に開業した〈北海館〉改め、1995年に大規模改築して〈北海道ホテル〉に。
外壁のレンガはすべて十勝製で、アイヌの伝統的な模様を描いている。2つの館はアールデコ様式とマイアミデコ様式を基調とし、"カリスマ左官職人"久住章によるロビーの漆喰壁、道内産のナラ材を使用した大階段など、こだわりの意匠が細部に。モール温泉も楽しめる緑豊かなリゾートだ。
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住所:帯広市西7条南19丁目1番地
TEL:0155-21-0001
公式サイト:https://www.hokkaidohotel.co.jp/
4.女満別空港
オーベルジュ北の暖暖
AUBERGE KI TANO DAN DAN
◎網走市
「実家に帰ってきた」をイメージし、無垢の銘木をふんだんに使った屯田造りのオーベルジュ。ロビーでは樹齢150年の柱がゲストを出迎え、ストーブを囲む語らいの場で和む。四季のガーデンを散策し、網走湖を望む絶景の露天風呂で癒やされ、北海道産の野菜と旬のオホーツクの幸を使ったフルコースに舌つづみ。気を使わずにのんびりと、暖かいくつろぎを満喫しよう。
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住所:網走市大曲39-17
TEL:0152-45-5963
公式サイト:http://kitanodandan.com/
5.たんちょう釧路空港
釧路センチュリーキャッスルホテル
Kushiro Century Castle Hotel
◎釧路市
釧路市出身のポストモダニズム建築の巨匠・毛綱穀曠が設計した、日本のデザイナーズホテルの草分け的ホテル。2015年に女性デザイナーの感性を取り入れてリニューアルし、デザイン性と過ごしやすさを兼ね備えたホテルとして生まれ変わった。建物は、お城のような形の外観とエントランスの曲線が特徴的。釧路川のほとり、"世界三大夕日"を眺めるベストスポットだ。
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住所:釧路市大川町2-5
TEL:0154-43-2111
公式サイト:https://www.castlehotel.jp/